首里城焼失を受け、県や国は再建を目指す方針を示しているが、そのためには技術者や資材の確保で高いハードルも立ちはだかる。


 1992年の首里城復元時には正殿の5万5千枚を含め計22万枚もの赤瓦が使われたが、赤瓦やしっくいの職人は減少と高齢化が進んでいる。また、92年復元時は沖縄戦や戦後復興のための乱伐で県内の木材が枯渇していたため、台湾や他府県産のヒノキを使用せざるを得なかったが、台湾は1990年代から森林保護のためにヒノキの伐採を禁止するなど、資材確保は一層厳しくなっている。

 92年の復元で設計総括責任者を務めた中本清さんは、当時ヒノキの輸出を禁止していた台湾森林管理局と直接交渉し、「これが最後だ」と特例で調達を認められた経緯などを振り返った。「図面もあるので技術的には再建は可能だろうが、あれだけの建物を造るには太い木が必要だ。仮にもう一度、木造でやるならば資材の調達は簡単ではない。職人不足の問題もある」と指摘した。

 県琉球赤瓦漆喰(しっくい)施工協同組合の神里善則副理事によると、92年の復元時に比べ県内のしっくい職人は半分以上減った。神里副理事は「民間工事でも人の確保に四苦八苦している。再建には時間も人材育成も必要だ」と話した。県赤瓦事業協同組合の当山彰専務理事は「職人は減少しているが技術は継承されているので対応はできるだろう」とした。その上で「ただ長い時間が必要だ。短期だと難しい」と話した。
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琉球新報社(11/1(金) 17:14配信 )より引用
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