幕内で番付が一番下の徳勝龍(木瀬)が結びの一番で大関貴景勝(千賀ノ浦)を破り、14勝1敗で初優勝を決めた。貴景勝を正攻法で寄り切ると、涙ぐんで勝ち名乗りを受けた。表彰式では、恒例の優勝力士インタビューが行われ、率直な語り口でファンを沸かせたり、急逝した近大時代の恩師への思いを涙ながらに振り絞ったりと“笑いあり、涙あり”の内容となった。

取組前に1差で追う正代(時津風)が勝利し、徳勝龍が負ければ優勝決定戦が行われる、という状況で結びの一番を迎えた。正面から大関に立ち向かい組み止める。終始、自分から攻める正攻法で、堂々と寄り切った。

 館内での優勝力士インタビューでは四方に礼をすると、「自分なんかが優勝して、いいんでしょうか」と語ってファンを沸かせた。今場所は上位力士が総崩れとなり、場所中盤から注目された。優勝を意識しなかったか、とする問いには「意識することなく…」と模範解答をしかけたところで「えー、ウソです。めっちゃ意識していました」と本音を明かした。正代との直接対決後にも、取材には「意識していない」と語っていたと触れられると「バリバリ、インタビューの練習をしていました」と応じて、国技館内の笑いを誘った。

 ただ、胸には秘めたものがあった。今場所中の18日に、近大相撲部時代の恩師・伊東勝人監督が急逝した。「恩師の近大の監督の伊東監督が亡くなって」と振り返ると、目頭をおさえながら、「監督が、見てくれてたんじゃなくて、一緒に土俵にいて戦っていてくれたような、そんな気がします」と振り絞った。

 「ずっといい報告がしたいと思って、それだけで頑張れました。本当、弱気になるたんびに、監督の顔を思い浮かべました」と未体験の優勝争いを戦い抜いた徳勝龍。両親に対しても「いつもは照れ臭くて言えないですけど、お父さん、お母さん、生んで、育ててくれてありがとうございます」と率直な思いを口にして、拍手を浴びた。

 徳勝龍の番付は西前頭17枚目で、42人いる幕内力士では一番下のため“幕尻”と呼ばれる。この幕尻力士の優勝は2000年春場所の貴闘力以来、史上2度目。

 09年初場所で初土俵を踏んだ。新入幕は13年名古屋場所。17年九州場所以降は、昨年の夏場所以外は十両での土俵が続いていた。今場所が4場所ぶりの幕内復帰だった。

 33歳5カ月の初優勝は3位の年長記録(年6場所制が定着した1958年以降)。奈良県出身の力士としては1922年の鶴ケ浜以来98年ぶりの優勝となった。徳勝龍は殊勲賞、敢闘賞も受賞した。
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デイリー1/26(日) 17:44より引用

行政書士田中綜合法務事務所