前回のトピックスに久しぶりにコメントが入りましたね。
ミルコ・クロコップさんありがとうございました。

ちなみにミルコ・クロコップとはクロアチアの格闘家で、現在は政治家もしてます。
日本でのデビューはずいぶん前にKー1のリングにて。
伝説の拳、ブランコ・シカティックの弟子として来日し、
当時はミルコ・タイガーというリングネームでした。

記憶を振り返ると、とてもバランスの取れた筋肉及び格闘センスの持ち主で、当時から私はこの選手は必ず伸びると感じ取っていました。

その後の活躍はすばらしかったですね。
ただここ最近はちょっと結果がともなっていませんが。がんばれ!ミルコ!

前置きが長くなりましたが前回のつづきとして。

この映画監督によれば、
「多くの人は自分にとって好きな仕事をしているのにも関わらず、そのことに気付いていないように思う」とのこと。

だから映画監督をしてる自分に対して、好きな映画を仕事にできていいですねと人はよく言う・・・が、
だけどちょっと待ってよ、この仕事だってきついですよ、逃げ出したい時だってあるんだよと言いたい・・・。

ところが辞められない自分がいる。

つまり自分も含めて多くの人は、
文句やグチを言う割には辞めない、辞められないのはそこに居場所を見出してるからなのでは?ということだそうです。

もっと言うと、つらいつらいと思いながらもその一方では
どこか楽しみを見出して、うまくストレスを発散しながら、バランスをとってやっているんではないでしょうか?
ということだそうです。

だって本当につらかったら、辞めざるを得ないほどに体や精神を患うはずでは?とも。

本当にそうですよね。

私も治療家としてやってきておりますが、
そりゃ楽しくない時期とか、面倒だなやっかいな場面だなとか思うときもありますよ。

でもそれは人間なんだからそう思うときだってあるはずだし、あっていいんだと思います。
だけど逆にやっててよかったな、こういうときは楽しいなと感じるときだってよく見ればあるんですよね。

人はとかく嫌なこと、つらいことばっかりをクローズアップしますが、よいこと楽しいこともあるんだなという事実を理解すれば、この映画監督の言うようにうまくバランスをとって生きてゆくことだって出来るんだと思います。

ではどうしたらストレスをためずにやれるのか。
どうしたら嫌な上司・同僚と付き合いながら今の仕事を
続けられるのか?
どうしたら育児に疲れずに生活してゆけるのか?

この問いが前回このトピックスに出たわけですが、この映画監督は続けて言います。

良くも悪くも人は気持ちがいろいろ変わるものだから、
迷ったらその時々の自分に耳を澄ますしかない。
辞めたいのか続けたいのか、自分に素直に問いかければ答えは見えてくると。

え?自分に問いかける?いまいちよくわからない。
ていうか難しい・・・。

何をどうしたらよいのかを自分がわからずに迷ってるのに、自分に素直に問いかける?それで答えが出るの?

ふつうはこう考えてしまいますよね。
私もかつてそのように思い悩みました。

今からはさらに映画監督の話と、そして私が今年個人的に学んだセミナーなどで得た感想です。

まず映画監督の話。

私は仕事とかビジネスとかと割り切って、人と付き合うということはしません。

目の前で話しをしてるという、人間と人間の関係性の発展の中にすべてがあると思いながら接しています。
そうしていればお互いの信頼関係を得られるし、
不思議と自分の居場所にきちんと立っていることができるんです。

三塚が感じ取るにつまりこれかなと。

また私が学んだセミナーからの感想としては、

この世の中は結局人間関係。
どんなに一人でがんばってるつもりでも結局人間関係。
どんなことも必ず誰かの手が加わってる。
それで世の中は成り立ってる。

だから自分を取り巻く人たちとの関係性を認めなくてはならない。

・・・わかりました。では認めるように努めます。
では認めた上でどうすればよりよい人間関係を築けるのか?

ようはここですよね。

嫌な人、いますよね。
嫌だと思う仕事、ありますよね。

私は「そんなに嫌だと思うのなら、無理してまでやらなくてもよい」と思ってます。

そもそも嫌だと感じるからこそのストレスなわけだから。
だったら無理してまでやるべきではないと考えてます。
だって嫌なものは嫌なんだから。

さてそうは言っても前回の話しのように、
あらかたそれが義務化してしまってる場合。
つまりやめたくてもそうはいかない場合どうしたらよいか?

ここが最大の難関だと思えます。
ここがすべてのカギを握るところかな?と。

やめたくてもやめられないんですよね。
ひとつ対処としては映画監督がおっしゃったことにあります。

「本当に何にも楽しみを見出せないでいるのか?」
まずはこれを探してみて、そして自分なりに納得できるか、が大事かなと。
個人的にはどこか楽しい所はあると思うんですが。
それを見つけられればバランスは取れると思います。

でもそんなの少しだよ、という意見もあると思います。

そんなに無いのならやめればよいと私は思います。

が、それでもやめられない・・・。
だから悩むと。

そこで私が特にこの1年勉強してきて感じたことというのが・・・、

「結局認めるしかない」

ということです。

すべての目の前にある、人だとか、事象だとか、問題だとかを認めるしかないということです。

だって、ここまで言ってきてそれでもやめられないと
言われれば、もうあとは認めるしかないんだと思うのです。
だってやめられないんですよね?

ならばあとは認めるしかもう手段はないんじゃないかなと。

そこで、もしどうしても認めたくないんだったらやめればよいのだと思います。
やめちゃえば認めなくていいんだから。
これは気が楽です。

だけど・・・、やめられないんですよね?
だったらすべてを認めるしかないんじゃないかと・・・。
こう思うわけです。


しかしですね、
じつはその「認める」ということをして初めて人は、
自分の中のストレスと対峙できるんじゃないかと、そこから何かしらよいヒントが見えてきたり、あるいは何かしら方向性が見えてきたりするんじゃないかと。

そこに人が気が付いたときおそらく・・・、

「ストレス」はかなりなくなるな・・・と。

またそうやって生きてゆければ、もしかしたら人生そのものもとても楽に、そして楽しくすごしてゆけるんじゃないでしょうか・・・。まさに楽々です。

私は特に、今年のこの1年の勉強でそう思うに至りました。

その点では今年は本当によい年だったと思います。

そして来年は、自分も含めて皆様にとってもよい年になることを願ってやみません。