おはようございます。

今日は、ポイ捨てのごみについて書かせていただきます。

同友会の活動で、沼津の街のゴミ拾いをしました。道路に多くのごみが落とされているのに、あらためて気づきました。

コンビ二袋のごみ、かんや飲み物のごみ、少ないかなここはと思って拾いはじめると、あるはあるは・・・

富士市でも美化運動の日があり、住民総出で掃除をします。自分たちの分担が終わると次の場所に移動するのですが、

その道々みんなでごみを拾いながら歩きます。そのごみのほとんどは、たばこのすいがらです。

道路の端にポイポイと、特に信号の周りはすごく多いです。主に車を運転中にたばこの吸殻を外にすてるのでしょう。

ということは、運転手さんがたばこを捨てなければ道路は大半のごみはなくなるということです。

今は、愛煙家にとって肩身が狭いそういうルールになってきました。電車を待つ駅でも、喫煙コーナー以外は、すべて

禁煙です。もちろん、電車のなかはオール禁煙。飛行機も禁煙、文化会館などのホールや美術館などなどすべて禁煙

です。歩く道でさえ、禁煙区間がもうけられている所もあるくらいです。

どうして、このようにきびしくなったのか考えてみますと、私は多くのひとが「道路やその他の施設は公共のものである」

という意識がないからではと思いました。

どんな人も、小学校や中学校で「道にごみを捨ててはいけません」と教えられているはずです。またお家でも、お父さん

お母さんに出かけるたびに言われて育ったと思います。にもかかわらず、その小さなたばこひとつ車内の灰皿に捨てられ

ない。そうやってポイポイ捨てたごみを、ひとつひとつ拾って片付けている人がいると、一度でも思ってくれたら、ポイ捨て

はできなくなるはずです。きっと、自分の家でも自分で片付けはしていないのではと思います。自分で片付けたら、ポイ

捨てはしないのではないでしょうか。もっと、ひとりひとりの意識が高まったなら、あれもこれもの禁煙ルールはいらなくなるはず。

もう一度ポイ捨てとはどんな行為なのかを考えてほしいと思います。

みんなが、ひとつ拾えばの精神で毎日を送ったなら、すばらしい日本になるなずです。

通勤の途中、お寺の門前にこんな言葉が書かれていました。

「人多き人の中にも  人ぞなし  人となれ  人となせ人」

ご住職の心の叫びでしょうか、ずしんときました。