1940年、第2次世界大戦前夜、ナチスドイツによるポーランド侵攻 が始まる中、「ユダヤ人狩り」からリトアニアのカウナス(当時の首都 )に逃れて来た難民たちに、外交官・杉原千畝は葛藤の末、外務省の方 針に反し人道主義に基づいて「命のビザ」を発給し6000人の命を救いま した。その千畝の決断を支えたのが幸子夫人でした。近年、映画やTV ドラマや番組で杉原千畝の名前は知られるようになりましたが、幸子夫 人の誕生地が沼津であり、海外から引き揚げた一家が沼津で仮住まいを したことを知る人は少ない。

今年は、「命のビザ」発給80周年に当たります。次の世代に 歴史的事実を知ってもらい、御夫妻の偉業に人道主義を学び、国際感覚 を養っていただければと思います。杉原千畝夫妻顕彰碑を幸子夫人の誕生地である沼津市に建立 し、歴史的偉業の記憶を後世に伝えたいと思います。

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