東日本大震災から1年以上経ちました。復興が進み見違えるほどよくなった場所もあれば、まだまだ痛々しい場所もあるようです。この復興にはたくさんのボランティアの方々の力があったと言います。今月の平電機新聞ではボランティアについて考えてみたいと思います。

社会福祉法人全国社会福祉協議会のデータによると、2011年3月11日から2012年2月11日までに震災にあった岩手県、宮城県、福島県には合計92万6千人以上の方がボランティア活動に参加したと言われています。一年のグラフをみるとやはり震災直後からゴールデンウィークにかけてが参加人数のピークであり、その後、少しずつ減っています。

このような震災などの天災の時にお互い助け合うことはもちろんですが、普段でも皆さんはボランティア活動をおこなっていますか?実は私はボランティア活動を今までいろいろしていて、その一部を今回ご紹介したいと思います。

そもそも私がボランティア活動をしようと思ったきっかけは大学時代にとった授業にさかのぼります。私は分子細胞学を大学で専攻しましたので、生物学を多く学びました。その一つに「エイズ学」の授業がありました。簡単に言うとHIVウィルスを分子レベルから学び、現在の治療法や問題点などを勉強する授業です。その授業の一環で十数時間のボランティア活動が義務づけられていました。つまり、教科書で勉強するだけでなく、現場を知ることも重視していたのです。ボランティア先は幾つか候補があり、病院などもありましたが、私は「Needle Exchange Program」を選びました。



「Needle Exchange Program」とは針を取り換えてくれるプログラムと言う名の通り、麻薬中毒者が使用する注射針を新品と交換するNPO法人です。麻薬中毒者は注射針を仲間内で使い回すことから、使用済み注射針についている微量な血液からHIVウィルスに感染するケースが多数あります。ならエイズを広めないために無料で新品の注射針を提供しようと言うわけです。

このプログラムはアメリカの中でも倫理的にどうか?と言った声が高いのですが、このプログラムの創始者は麻薬をやめてもらう前にエイズを広めない方が先と考えたのです。ここでのボランティア活動は使用済みの注射を消毒することでした。今思えば、学生にそんな危ない事をやらせる事自体どうか?とおもいますが、教科書だけではわからない現状を勉強させてくれるボランティア活動は私には新鮮に映りました。

その後数々のボランティア活動を経験します。海洋哺乳類学に興味を持った時には、モントレー湾水族館でガイドのボランティアをしました。この水族館はビルクリントン元大統領や俳優のニコラス・ケイジなども来ることで有名で、モントレー湾の縮図がこの水族館からわかります。私はここで2年くらいガイドをしました。普段は英語でガイドをするのですが、観光シーズンには日本人もたくさん来るので日本語でのガイドもしました。

近くの病院でもボランティアをしました。私がボランティアした場所は「OUU」と言う、がん患者専用の化学療法外来です。もちろん医療行為などはできないので、活動内容は毛布や枕をもってきたり、嘔吐しそうになる患者を介護したり、食事を運んであげたり、と言った医療や看護ではなく、介護を行っていました。ここも2年ほど活動しました。



他にも多数ボランティア活動を行いましたが、始めの「Needle Exchange Program」以外は授業で決められたわけではなく、私が自発的に始めたボランティア活動です。

ちなみにアメリカでは非常に多くの人がボランティア活動をしていると感じました。水族館では200人の職員と600人のボランティアにより水族館が運営させていましたし、病院もボランティアの人数が非常に多かったです。普通の社会人もいますが、多数は学生と高齢者でした。アメリカでは学生にボランティア活動をさせて社会貢献する事を勉強させ、仕事を退職した後も社会に奉仕する精神があるので、ボランティア活動をするのです。

仕事とはただ単にお金を稼ぐことではなく、社会貢献することだと当社では考えます。良い品質の製品を社会に提供し社会貢献することはもちろんですが、それ以外に平電機では環境美化運動として会社のまわりだけでなく工業団地内のゴミ拾いなどを定期的に行っています。お仕事をしているとなかなかボランティア活動をするのは大変ですが、是非皆さんもボランティア活動をすることで社会に貢献してみてはいかがでしょうか?