おはようございます。
今日はお祭り2日目、毎年恒例の潮汲みに行くということで、朝も早くから太鼓をたたきながら、小山車が町内を回ってきています。
神輿にかける液体は、本来、神聖なる海の水でなくてはならないらしいです。
そういう伝統ってなんか赴きがあって素敵です。
大切に次の世代に受け継がせて行きたいです。
さて、ブログ6日目も宜しくお願い致します。
マラソンは積み重ねである…ということが、今更ながら、ようやくわかってきた自分です。
自分より、確実に二周りは、お年を召していらっしゃるような、ご老人にも、簡単に抜かされて行く…というようなことが、容易に起こります。

きっと毎日、苦しい思いをして、走ってこられたんだろうなぁ…と思い、自分を追い抜かして行く人、全てに、いつも尊敬の眼差しを送っています。


カンボジアに、地雷を踏んでしまい、義足をつけて、42.195キロ走りぬいてしまう方がいるといいます。
ハーフマラソン程度で、根をあげている自分が恥ずかしくなります。

彼は、足を失った後、自暴自棄を繰り返し、自殺まで考えたといいます。
しかし、あるとき、生きることの大切さに気付かされ、
「生きてやる!」
と心に決めたのだそうです。

どうせ生きるのだったら、健康な人よりもたくましく生きてやる…と決めて身体を鍛え始めたのだといいます。
フルマラソンに加え、陸上や重量上げ、百メートルも13秒台で走ると言うから、驚きです。

この方の奥さんも地雷を踏んで右足を付け根から、失ったといいます。
親を助けるため、学校へ行くことを断念、農場に働きに出たのですが、働いている最中に、地雷を踏んでしまった…
親を助けるために働きに出たのに、これでは逆に親に迷惑をかけてしまう…とやはり、死ぬことも考えたのだと言っていました。
死にたい、死にたいと思っていたけれど、ある日、右足がなくても、一生懸命に生きなくてはいけないと気が付いたのだといいます。

それから、彼女は学校に行っている友達の教科書とか古い本を全部集め、必死に勉強をしました。
今では、パソコンもつかえるし、洋裁もできて、お店も経営しています。
そして4人の子供の奥さんでもあります。

彼女は、地雷を踏んで、足を失ったことに感謝しているという。
「私は右足を失ったからこそ、一生懸命に生きることを意識できました。地雷で足を失ったからからこそ、私は真剣に生きることが出来るようになった。だから今の幸せがあるんです」
と語ってくれました。
本当に立派な言葉だと思います。

なにがきっかけか、は関係なくて、気が付くことが大切なことだと思います。
気付かなければ人間、何かを成功させよう…とか思うことは、難しいことなのではないでしょうか。

自分も日々、小さな気付きの連続で、きっと大きいなにかを成功させたいなぁと思っています。