「佐賀のがばいばあちゃん」という本をご存知でしょうか。

漫才師の島田洋七さんが、子供の頃いっしょに暮らしたおばあちゃんのエピソードを書いたもので、これがまたとてもおもしろい。

おもしろいばかりでなく、とても元気になるし勉強になりました。洋七さんは、昭和33年広島のおかあさんから、佐賀のおばあちゃんに預けられて育てられました。

激しい戦後、7人の子供を抱えて生き抜いたがばい (すごい)おばあちゃんとの、貧乏生活が始まります。

今だと、貧乏は恥ずかしいと思うけれど、その当時はみんな貧乏 お金持ちのほうが少なかったでしょう。でもその ど貧乏をものともせず、いつか会えるかあちゃん

を思いながらあきれるほど元気に暮らしています。

洋七さんは足が速く運動会は楽しみにしていました。かあちゃんが見に来てくれたらもっと張り切れるのでしょうが、仕事が忙しくて来る事ができません。

それでも、一生懸命に走って一番です。さて、お昼のじかん。みんなは、家族がお弁当をもって校庭で食べますが、洋七さんは誰もきてもらえません。

いつも、ひとりで教室で食べます。お弁当も、他の子のように ウインナーや卵焼きなどのおかずはなく、梅干としょうがです。

すると、担任が来て「先生は腹が痛いんだ。おまえの弁当梅干としょうがなんだって?取り替えてくれないか?」もちろん「うん、いいよ。」と取り替えてあげるのです。

先生大丈夫かなあ と思いながら。次の年も、またつぎの年も、先生はお腹が痛くなるんです。小学校最後の運動会のあと、ばあちゃんに、ふしぎと、運動会に先生が腹痛

になるんだと話しました。ばあちゃんは、「ほんとうの親切はわからないようにするもんだ。」と言いました。

毎年、運動会に腹痛をおこす先生は、家族がだれも来れない洋七さんの為にウインナーや卵焼きの入ったお弁当を食べさせたかったのです。しかも、学年が変わるごとに引き

つぎをして。女の先生もお弁当大盛りにして。とても、あたたかい気持ちになりました。

ばあちゃんの家は、貧乏で、その日の食べ物にもありつけない日もあります。「ばあちゃん、きょうはおかずがないね。」というと「うん、あしたは、ごはんもなか。」ふた

りで、笑いころげます。お茶も、飲んだ後の茶殻はフライパンで炒って塩をふってふりかけにします。魚の骨はもちろん食べます。どうしても食べられない硬い骨は、食べた

あと、お湯を入れてお吸い物にしてから乾燥させ砕いてにわとりにやります。

拾うものはあるが、捨てるものはなか とばあちゃんは言い切ります。貧乏でも、とっても明るいばあちゃんなのです。

まだまだ、たくさんありますが、本全部書くわけにいかないので、興味のある方は本読んでください。続編も3冊あります、全部読みました。

もう1冊でるようなので、楽しみです。ドラマにもなったので、すでに知っている人もいるでしょう。

貧乏だから、不幸せ、お金持ちは幸せ、ということはありません。何がほんとうに幸せか、この本を読むとわかります。貧乏でも、人として一生懸命生きたばあちゃん

ほんとうにすばらしいと思うのです。

私にとって、大切な一冊になりました。

おばちゃん

これで、おばちゃんの一回目の当番は終了させていただきます。
取り留めのない文で、読みにくかったでしょう、ありがとうございました。
せっかく書いたのに、消えてしまったり、なかなか送信にできなかったり、それがたいへんでした。ひとつひとつ、石川先生に教えていただきました。
ありがとうございます。また、めんどうみてね。
来週は、大御所田村さんです、拍手でお迎えください!