初日から御心配と御迷惑おかけしまして申し訳ありません。また昨日のコメントにも返答なく申し訳ありません。

小学校に入学してから兄と妹の3人共に部屋で過ごすようになり寝ていてもいなくても地震が起きたかと思ったら違い家の近くの電車が来て揺れているだけでした。と同時に年齢重ねるうちにやんちゃで近所の兄さんの家に遊びに行けば帰りは日が暮れた頃でしたね。日が暮れた頃帰ると親父にしかられお仕舞いには家に入れてもらえない始末でしたね。そこで悪知恵が働かせコッソリとばれないように家へ侵入し夜を明かすことがよくありました。また勉強もせず遊び夏休みや冬休みの宿題は終わり間際に泡を吹いてする始末。もちろん忘れ物大王と言っても過言ではないでしょう。髪は長くなれば親父の出番。当時は髪かたくバリカンの刃が引っ掛かり痛く動けば叱られる。

小学校2年の地区の集まりの日に酷い仕打ち。それは鼓膜を破かせ中学2年まで病院通わせるの辛い日々の始まり。鼓膜が破れるそう『中耳炎』、耳垂れにうなされ半端ない痛みとの闘い。病院からもらった点耳薬する度に痛みが出て涙目になる始末でしたね。小学校5年の時には病院にから学校に着くと直ぐにクラスメートから『帰れ!!帰れ!!』のコールがし帰ろうとする自分を止めたのは当時の担任でした。帰るにも帰れず渋々授業を受けた。

こんなで小学校時代は悪い思い出ばかりが詰まっています。唯一楽しかった(?)のは誰もいない校舎に一人でふざけた気分で周りに人いないのを確認しトイレの花子さんをすると返答有り。やって恐い上後悔している自分がいましたね。さすがに一人ではコックリさんはしませんでしたけど。もう一つの楽しかったことは親父の兄弟が北海道から遥々富士まで来て一緒に寝食共にしたこと。それと兄が受験迎えるまでの夏休み利用したキャンプ。親父の兄弟の息子さんが船に乗せてもらい、いい気分でしたね。

そんなこんな(どんな?って聞かないでください)で校舎に何もいい思いでも残らない内に小学校卒業し富士中学校に入学。続きはまた明日にします。