おはようございます。
ishikawaです。

お盆休みに入られている方が多数いらっしゃると思います。そんなお休み中ですが「イーリード日記」には、
「そんなの関係ねぇ」勢いでお送りします。

去る7/21(土)アニメ映画「時をかける少女」が放映されました。
これは、筒井康隆氏原作を2006年アニメーションにしたのですが、今回地上波では初めて放映されました。

私は、DVDです出に見たのですが劇場で見れなかったのが2006年ベスト10に悔しかった事です。
そしてまず、何が良いよというと顔の表情や動きが良く出ていました。
影をなくす手法を使ったのですが、結局表情や動きを入れないと、分からないのです。
それを良く入れました。

原画数が半端なく多いと思います。影を使わないで動かしたのだから当然原画数が増えます。アニメとはご承知でしょうが、動きの多さとは原画数の多さに比例します。

さらにスゴイのが1枚の絵でも見せることが出来ます。
1枚の背景画でも十分に見せることが出来ます。
原画展でもやったら儲かるんじゃないかという勢いです。
実際、開催したら行きます。

今回、話題を呼ぶのが主人公、紺野真琴の叔母であり、ちょっと謎めいた30代の独身女性として登場する、原作の主人公、芳山和子です。
未来から来た初恋の人との別れの後、芳山和子はどんな人生を歩んできたのか? 
彼女が新ヒロインの紺野真琴に授けたアドバイスとは?

ここで、この話を続ける「イーリード日記」ではなくなるので方向転換します。

実は、芳山和子が真琴に言った台詞です。

「真琴は私と違って待ち合わせに遅れた人がいたら走って迎えに行くでしょ」

芳山和子は未来から来た恋人に会うため、待っています。
そしてそれが、あっという間だったと話します。
ですが、真琴には上記の台詞を言います。
多分この話のメインテーマはここだろうと思います。

これは、どちらの行動が正しいとか正しくないとか言っているのではありません。
うらやましいとかそうではなく。真琴は真琴の人生があり、やり方があること
芳山和子には彼女の人生があり、やり方があること。どちらも正しく、どちらの
人生も間違いではないということです。
ですが、真琴の行動を取ることが出来る人が今どれだけいるでしょう?
この不安定な時代、不確定要素が多分にあり何か1つの定義がとても曖昧です。
多様化といった不確実で不誠実な時代。
実は真琴のこの行動を人生に置き換えることは至難の業です。
これは、子供の頃からのクセではないかと思考します。
子供の頃からこのような行動を取っているから自然にとれるのではないでしょうか?
反復してその結果に導き出される物ではないかと思います。
だから、多くの人に感動を与えるのだと思う。

過去はやり直せないが現実はやり直せる。
そして、軌道修正はいつでも出来はしないか?
ドラマの中ではそこまで展開していませんが、今の私はそこまで考えてしまいます。
子供の頃に出来なかったことが大人になったら出来る。良くあることです。
但し、子供の頃は出来たのに大人になったら出来なくなった。そんなことが増えないように
していかなくてはいけないと考えます。