おはよう御座います。

ishikawaです。

3日目お願いします。

さて、昨日は土砂降りの月曜の朝会社に出勤途中車をぶつけられた
ishikawa。ぶつけられたことも気がつかず、ぼーっとしており、相手に逃げられ、警察に調書を取ってもらおうと
車内で待つが30分も待たされる始末。

その後、出社し、社長はじめ皆さんに事情を説明させていただきました。

いざ、デスクにつき仕事を始めます。
するとどうでしょう。1時間ほどは通常通り出来るのですが、そのうち落ち着いたのか何なのかわかりませんが、手は震え、動悸はするまるで○心のコマーシャルのような症状になりました。
しばらくすれば収まるかなと思い放っておきましたが
どうにも収まりません。
そのため、申し訳なかったのですがその日最低限処理
することを終えると早退させていただきました。

早退をし、14:00頃帰宅するとのんきに母親がお昼の
サスペンスを見ていました。

私はここぞとばかりに今日の当て逃げ事件を話しましたが話に乗ってきません。
それどころか「この話前にみたわ」などとドラマの感想を
言っています。
「オイ待て」と思ってしまいました。自分の息子があと1歩でどえらい事になるという話をそれですますかい。と思いました。
私は「きゃー」とか「ひゃー」とか言うのを心待ちにしていたのに
このリアクションのなさ。
自分の話術が衰えたかと思いましたがそうではないようです。

「あなた食いつかないよね」と言うと母は「あんたが大丈夫そうだから」と
一言。「そうだから」というところがつっこみどころなのですが、
それでも、その一言で何か救われたような気がしました。

最近参加したフォーラムでパネラーの1人が企業の家庭化、家庭の企業化と言う話を聞きました。
その中で昔は1つの家庭に子供が複数人いました。そのため親の愛が均等に平等に割り振られていました。
1人の子供にピンポイントに過剰に行くことはありませんでした。
ですが、今は子供が1人しかいない家庭が多く変な話「この子で失敗はできない」と
思う親御さんが多いため、専門家(企業などに)に任せる家庭が多いそうです。
親子の気持ちが過剰にぶつかってしまうのが現代の家庭ではないでしょうか?

話がだいぶそれてしまいますが、肝心なときに大切なことだけケアして貰える人はどれくらいいるのでしょう?
でないと自己問題解決能力がつかないのではないでしょうか?
普段はそんなに疎通がなくても何かあればすぐに駆けつけてくれる。アクションしてくれる人が何人いるでしょう?

そんな人が多いほど幸せではないでしょうか?

人と人とのつながりはとても希薄になりました。
そのため距離感をとることが誰もが不器用になったように思います。
その関係は親子の間でも例外ではなくなってきているように思います。
当て逃げという非日常(あまり、経験したくありませんが)を経験することにより、そのようなことを考えさせられました。