おはようございます。

ishikawaです。

いきなりタイトルから仰々しいですが、5日目お願いします。

来年は2008年北京オリンピックが開催されます。
そのためか否かは分かりませんが、今年は様々なスポーツイベントがありました。
世界柔道、世界陸上。etc。

さてさて、最近の女性アスリートとはおきれいな方が多くそれこそモデル、アイドルでも食っていけそうな人が多いです。

「ビーチの妖精」と言われるビーチバレーの浅尾美和選手にも言えます。
それまで全くといっていいほど観客も集まらなかったスポーツに、異常とも言えるギャラリー、報道陣が集まっています。

果ては、グラビアページに登場したり、DVDまで出すほど。
肝心の本業のほうでは「まだまだ」といった印象が強いと様々なメディアで言われています。

しかし、彼女たちの実力がないことは本人達が一番よく分かっています。
日本ビーチバレー協会が定めている、認定選手の条件にはまだ至っていなく、この認定があるのとないのとでは、ついてくれるコーチの数、遠征費の補助が全く違ってきます。
現在、彼女たちはコーチ1人、遠征費は自腹で行っています。
世界あちこちで大会が行われ、その大会で勝ちランキングをあげないといけないため、サラリーマンのようなお仕事が出来ません。

そこにフっとわいたグラビアの仕事。

短い時間でお金を稼ぐことが出来るでしょう。
需要と供給がまさにマッチした瞬間でしょう。

しかしこれが、予想を上回る売上げを記録し競技会場には黒山の人だかり。
当人達もそこまで予想しておらず、うれしい悲鳴?だったでしょうか?
そしてこの競技。ビーチでするバレーだから別に水着でなくても思ったのですが、これにも細かい規定があります。
それこそ、水着のサイズまで指定します。
競技の特性上ファンに囲まれながらプレーをします。不特定多数の人達が「うぁっと」訪れ、見るため以前のような事故も発生します。
また、セキュリティ上とても不安要素を残す事柄でした。

では、今日のタイトル「目的と行動」。一番、目的達成のために行動しているのは誰でしょう?
彼女たちだとおもいます。
そしてここで私が考える事はこの協会は彼女達にたいして何かをしたでしょうか?
確かに彼女達には実力がありません。
そしてそれをメディアがおもしろおかしくかき立てます。
群衆が訪れ大騒ぎになります。
協会側もその大挙に策を講じましたが、うまくいきませんでした。
協会側にも言い分あるとおもいます。しかし、このようなスポーツ協会の場合、後進の育成、普及がテーマの1つであるとおもいます。
そして、スポンサーがついて下さることにより、より活気や勢いがつくと思います。
この協会はスポンサーをつけてくれた選手には求めるサポートはせず、スポンサーにはいい顔をしているのでしょうか?
確かに彼女たちだけに特別扱いは出来ないことは分かります。そして、警備員を増やして警護したことも分かります。

ですが、1番大切なことは何でしょう?

プレイヤー及び見ている人が存分にプレーを楽しめることではないでしょうか?

我々は1人1人では何も出来ませんが、マスになると様々な力を発揮します。
不特定多数という枠に入ってしまうと、個人を特定出来ないため、普段は出来ないちょっとした悪さをしてしまいます。
例えば、たばこのポイ捨て。1人だけでは捨てる勇気がありません。
ですが、1人捨て、2人捨てるとどうでしょう?マスというミノに隠れてみんな捨ててしまいます。
マスになると人は隠している、醜悪な部分をさらします。普段は決して言えないこと知りたいことを欲します。
それを具現化したのがマスコミではないでしょうか?
我々の根底にある欲求、欲望を形にしたもの、我々がそれを望んでいるから形になるのではないでしょうか?
知りたいという欲求は抑えることは出来ません。
しかし、それは相手の都合、人生を台無しにしてでも行われなければならないのでしょうか?

我々は出される情報に対して無条件に反応してはいないでしょうか?
この情報の真意、真の目的(テーマ)を見誤っていないでしょうか?

我々1人1人が情報に対して真摯に向かえることが出来れば同じようなことが繰り返されるのではないでしょうか?

我々は常に生きる目的があります。しかしそれは知らないうちに気がつかない方向に及んでしまいます。
ひとりでも集団でも同じ事をしてしまいます。
アクセルを踏む力と、ブレーキをかける勇気。「矛盾」のお話ではありませんが、あいそぐわない、双方を持ち合わせる事と莫大な情報を選る力が改めて必要ではないでしょうか?

本当の目的とは何か?それに見合っただけの行動をとることが出来ているか?自身を振り返ります。

最後に北京で彼女たちの勇姿が見ることが出来ることを切に願い今日はおしまいとさせていただきます。