昨日見ちゃいました。

仕事を終えて夜のレイトショーを観に、シネコンの中の一つへ入った際、両足を前のシートの上に投げ出しているカップルを。二人とも20代前半くらいかな。

その回はずいぶん空いてて、私が来るまではそのカップルだけでした。

だからなのかもしれません。
俺達だけだからいいじゃんよ、足のっけちまえのっけちまえ、ってかんじでした。

たしかに足投げ出してると楽ですよね。

それはよくわかるつもりです。
私も「一度はやってみたい」と思うこともありますから。

でも私はやりません。

なぜならお行儀が悪いからです。
そしていつどこで他人が見てるかわからないから。
他人から見たら格好悪く写るし、自分のバカさも露呈させることにもなるし、自分の親のしつけも疑われるし。

だからやりたいなあと思うことあれど、絶対やりません。

そしてやらない理由がもう一つあります。

それはそういう行為を日常化させると、いつしか自分自身の「無意識のレベル」にそれらの行為を認めるものとして植えつけてしまうからです。

これが恐いからやらないのです。

例えばケンカっ早い人、キレやすい人は絶えず自分自身をイライラいら立たせてるからそうなるんです。

ケンカしやすいように、キレやすいように自分自身をいつでもスタンバっておくのです。

そしてそれが当たり前になります。
そして当たり前だからこそそれが「無意識のレベル」にまで浸透してしまい、たえず人にケンカを吹っかけるわけです。だって無意識がそうなんだから・・・。

だけどこういう人は、大抵周りが悪いと言います。

自分をイライラさせる周りが、相手が、悪いと言います。
相手がメンチを切ってきたから、ケンカ吹っかけてきたから、と理由をつけます。

そして「心」でも必ずそう思ってます。

(オレが悪いんじゃねえ!相手が悪いんだ!世の中が悪いんだっ)・・・て。
でもそうではないんです。

じつは「自分が」「自分に」そう仕向けてるんです。
しかもたえず・・・。
けっして周りが悪いんじゃないんです。

なのでこういう人に出くわした場合、私はなるべく相手にしないようにします。

だからそのカップルにも私は何も言いませんでした。
後ろに人がいれば、その人の為に何かしら言うでしょうが。

さて話しを戻すと、そういう人は
その醜い行為で、自分自身の品位をどんどん汚してゆくことにも気づかないでいるので、いつか身をもって知る機会が訪れるまでわからないで過ごします。

で、これとダイエット意識がどう結びつくかというと、
ダイエットも甘く考えてると「無意識のレベル」に染み付いてしまうということを言いたいのです。

「ここまでやってきたけど、ま、しょせんこんなもんか・・・。」

「私のダイエット効果はたぶんこれで打ち止めだな。」
・・て思い始めてやめる人いませんか?

この考えが何回となく繰り返されることにより、
いつしかその人の「ダイエット意識」はそのように固まるんです。

そしてそれが自然となってしまうんです。
だから続かないことが多くなるのです。
でも表向きはやせたい!やせたい!と考えてるんです。

矛盾に思いませんか?

やせたいと考えてるのに、無意識のレベルではあきらめてるんですから・・・。

人の心とはかくのごとくになっております。

でもだからといってあきらめることはないのです。
それを理解すれば前向きな気持ちになれるはずですから。

げんにこう言われれば前向きになってるはずです。
このように前向きに意識を向けて続けてみましょう。


しかし冒頭のカップル・・・。

私は男でそういうふうに足を投げ出してる「やから」は何回か見たことはありますが、
女性では初めてです。

そこにはおしとやかさのかけらも感じませんでした。
ショックでしたね。
まさにこういう「やから」にこういう女性が寄ってくるわけです。
同じ「無意識のレベル」に人は呼び合うんです。

しかしそれにしても、とうとう日本もここまできたか、
としみじみ思った日でした・・・。

大和なでしこ、なんて言葉はもう「死語」なんでしょうね・・・。