先日の「k-mix神谷宥希枝恵の独立宣言!沼津大会in MUSIC LA FESTA」で、僕らのバンド「ザ☆スィンパセティック」が41組の中から選ばれ本選大会に進むことに成った。
この名前が、こうやって地元のミュージックシーンに出てくるなんて思ってもみなかった。



この日は、ヒューマンアカデミー静岡校パフォーミングアーツカレッジの教え子、4期生の大ちゃんが出演して、仲間も応援に来ていた。



俺としては、すでに教える側、審査する側にいるにもかかわらず、審査される、かっこよく言えばチャレンジする姿を見せる事だけでも、学校では伝えきれないリアルなものを伝えられるなと思っていたのだが、予選突破という結果を見せられたのは、ホッとしたのも有るし、より何かを伝えられたかなって思う。
大ちゃんはいま20歳。たしか。
ライブ経験もほぼ無く、路上が片手も無いくらいで、オーディションも初挑戦。
ガチガチで一生懸命歌う姿を見て、29年前の人生初コンテスト、90年のYAMAHA BAND EXPLOSIONを思い出した。
必死でノリノリを演じているけど、ガチガチの真顔。
それでも店大会予選を突破して県大会で準優勝!これは大きかったなー。
なんと翌年も県大会まで進み2年連続で準優勝した。
お陰で県内に仲間も増えて、活動の範囲も広がった。
県外に出ることはなかったけど。
でも92年、MUSIC QUESTと名称が変わり、音源応募で予選ライブ無しになり、とりあえず県大会決勝に進んだが、観客は出演者だけで盛り上がらず、結果も出せず。(たしかそんな記憶)
その頃から、バブルが弾けた日本ではバンドブームも去り、そこから、ライブバンドだった僕らはコンテスト、オーディションには応募する事も無くなり、ライブはガンガンやっていたけど、96年に活動休止、仕事やら家庭やらとそれなりに…。
結婚披露宴での復活ライブが3度有ったものの、復活はそれから14年後の2010年。
40代前半、仲間に誘われての復活だったけど、やってみたら楽しいやら残念やら…。
でもやる意味を見つけた。この歳になってやる意味を。
僕らが復活した1年前に「神谷宥希枝の独立宣言」は始まった。
いい歳してバンド活動を復活させた僕らは、ライブができるだけで十分だったので、オーディションなんて、デビューしたいわけでもなく、今さら評価されるもの嫌だし、誘われても全く興味はなかったんだけど…、11回目にして出てみたら、ね。
僕らは当然過去のもので、更にオーディションなんて出るのもどうかと思うし、若い世代からすれば”獲る”のもどうかのはずなんだけど、
でも、30年経っても、コンセプトはぶれてないのは確か。
今も昔も変わらないのが俺たちの強み。
それが評価されたと感じた。
大げさに言えば、生き方が評価されたみたいなね。
地方の町の小さなオーディションと思う人もいるかも知れない。
でも、このオーディションの歴史、関わる人達の姿を見て、ちゃんと考えないといけないなって思ったんだ。



そう言いながら、浜松前日入りして、昔からの仲間に飲み会を企画して貰っているいる俺たち。
それもとっても大事なんだー!
四半世紀ぶり位の浜松飲み会なんだよー!